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(ワイズ出版/増村保造著/藤井浩明監修/岡田博発行/定価¥5700)

   

  まさか増村保造という映画作家の本がこんな大冊(A4判/528ページ)で刊行されようとは!!

  あの数珠繋ぎの感動が、沸々と湧き上がって新作を見ることができない飢渇を一気に癒してくれるのだ。

      それもこれもこの本の構成が 一に増村保造その人の文業の、

  重要な一面をことごとく集成しようとしていることにある。

  映画監督としてこれだけ意志的論理的に自らの立脚点を記述し続けた人もいず、

  作品や作家についての論考の独創性もまた他の追随を許さぬ、散逸を惜しんで余りある貴重なものだ。

  この本の最大の特色はまさにそこにこそあって、

      氏自身の口から語られる増村映画の趣も呈し、ヴィスコンティを語りつつもその語り口 こそが

  増村保造という映画作家の 営為を如実に示してくる、そんな緻密と迫力の贈り物である。

      それは氏の作品が必ずしも発表当時、正当な評価を得てこなかった、

  その素因がここに収められている「新人作家の主張」や 「ある弁明」にも語られているとおり、

  従来の日本映画の風土に反旗を翻した形でデヴューしたそのマニフェストを、まるで無視した、

  立脚点の異なる無邪気な表層の論評でしかなかったからである。

      増村保造という映画作家が持ち込んだものとは、テンポであり、情緒に寝そべらない 映像であり、

  生命力の誇示であり、 自由の昂揚であり、なによりも現実の凌駕であった。

      <このヨーロッパでは現実であって、日本では観念でしかない「人間」というものを、

  私は画面に描きたかった>(ある弁明)

      デヴューして3作を発表したばかりの時点で書かれたこの声明がいかなることであるか、

  すべての作品が確固として明晰な答案であった。

      作家論、作品論の多くを発表時に耽読した筆者にとっても、ここにこうして、

  まるごと 自作解説まで含めて在るという現実こそ僥倖なのである。

      さらにいまひとつ、製作現場からの声である<増村組、増村保造を語る>の、

  インタビ ュー集のコーナーが生々しくも楽しい。

      代表作の常連のヒロインであった若尾文子氏が、女の情念の極北とまでいいたい印象の名演とは好対照の

  淡々とした受け答えで 創作の秘密を垣間見せれば、十代での主演であった、「遊び」の高橋恵子、

  「大地の子守唄」の原田美枝子 両氏が、それぞれ<演じているときが永遠><強烈な人生経験>

  ということばで増村体験を語っているのも、映画を彷彿とさせるような証言ではないか。

      あるいは緒形拳氏が、しきりと言われる<暗いエネルギー、黒っぽいエネルギー>という ことばも、

  増村映画をとらえる上で示唆に富むもので、同じことは白坂依志夫氏の

  <図式をカリカチュアして出して、エネルギーで揺さぶる、そういう快感>といったあたり、

  あるいはさまざまの人が口をそろえて言われる<テンションの高さ>の、他の組とは違う 緊張、

  安本莞二氏が 述べておられる<十二年間、増村学校の生徒のようなものでしたから>といった、

  実に枚挙にいとまがない証言を眼にするとき、 増村映画を見てきた読者は、

  同じく増村学校の生徒であった昂揚を共振して歓びを覚えてしまう、これはそんな本でもある。

      それにしても、映画を見ないときでも増村作品だけは待ち兼ねて見た若き日々の中で 泣き言を言うな、

  挫けるな、こんな風な 意力で人は生きるのだと、幾度教えられ奮い立ち激励されたことだろう。

      生前、砂漠に花を咲かせるごとき営為

 (氏自身のことばでは、旧式の三八銃だけで、熱帯 のジャングルの中で、一人ぼっちで戦っている)

  かに見えた増村映画は、こんな著書生まれて、遂にエコールに成り得たのかもしれない。

      しかも何人かの女優が異口同音に「増村さん、カワイイ!」と述べているのも、女の勁さ、逞しさを

  描き続けた増村作品にとって、それは微笑ましくも正当な勲章ではないだろうか。

      さて臼坂礼次郎氏が「以前、増村さんが勧めてくれた本

  ‥‥これを読むと、わりと 、マス さんという人間がわかるというか、

      彼の映画も理解するのに、役立ったような気がする」として紹介されている本、

  ハヴェロック・エリスの<性の心理学>も読んでみようか。

                                                                     (キネマ旬報1999/6月上旬号掲載)